ファンタジー・国内

池澤夏樹

ファンタジーじゃなくても、大好きな作家の1人です。
淡々と、けれども深く物語を語る、透明な文章が好き。
ファンタジー以外の作品は、そのうち別にご紹介したいです。

「南の島のティオ」
文春文庫 1996 (単行書版は楡出版 1992ですが、絶版らしいです)

週3回飛行機がわずかな観光客を運んでくる小さな南の島に住む少年ティオ。彼の家は小さなホテルを経営していて、彼は学校に通う傍ら、お客さんに島を案内したり、荷物を運んだりといった手伝いもしています。その島を訪れるのは南の島にあこがれる観光客、昔の恋人を探す老人、政府の仕事や調査の人々、そして、不思議な「絵はがき」に呼ばれた人々……。

素直な少年のまなざしが切り取る、日常のちょっと不思議な出来事や、島の神様のいたずら、旅人達のそれぞれの物語。全体がとても明るく透明な、やさしい雰囲気に包まれています。この人の文体はもともととてもクリアな感じがするんですが、この本でもますます冴えて、独特の美しい世界を語ってくれます。私が一番気に入っているのは「絵はがき屋さん」の話。そんな絵はがきが届いたら、とっても楽しいでしょうね。


「キップをなくして」
角川書店 2005

ある初夏の日曜日の朝、少年は恵比寿から電車に乗った。行き先は有楽町。彼は自分の生まれ年の切手をコレクションしており、その日はその最後の1枚を買いにお店に行くところだったのだ。しかし、有楽町の駅で改札を出ようとした少年は、ポケットの中にあるはずだったキップが姿を消していることに気づく。キップがない。ちゃんとポケットに入れたはずなのに、どこにもない。

「キップ、なくしたんでしょ」

突然声をかけられて驚いて振り向くと、そこには中学生くらいの少女が立っていた。

「キップをなくしたら駅から出られないの」

そして、彼女は少年を東京駅へと導く。そこには、彼と同じようにキップをなくした子供達が一緒に暮らしていた……。

夏休み前に読むべき本。少年の夏のお話なんですねー。私はお正月に読んでしまい、ちょっと外しました。
一般書のところにありましたが、児童書の形で書かれた物語。「南の島のティオ」ほどではありませんが、でもやっぱりファンタジーの系列に入る、不思議のお話です。まだ自動改札がなくて、青函トンネルも開通していなかった、ちょっと懐かしい時代の駅と鉄道が舞台。なんだか、すごくすごく昔のことのようにも思えるけれど、ほんの10年も前には、都区内の駅の改札にだって鋏を持った駅員さんが立っていたし、20年前にはキップは分厚かったような気が……。ああ、でも、そう考えるとやっぱり、これは大人のための童話なのかな。あの時代の駅や電車を知っていて、懐かしく思う世代のための。ほんの少しの昔、なんですけどね。

キップをなくして、「駅の子」なった子供達は、駅の改札の内側で買える物ならなんでも無料です。食事は駅弁や、東京駅の職員食堂。売店のお菓子はどれも食べ放題。昼間の電車に乗っていても「ああ、駅の子だね、ごくろうさま」と言われるだけ。ある意味やりたい放題です。でも、彼らには大事な仕事がある。それは、「電車に乗る子供達を守る」こと。ウィークデーは毎日、彼らは朝と午後、都区内の危険な駅のホームに立って、通学する子供達を危険から守ります。混雑に押し流されて降りられない子供を下ろしてあげる。大人にはじき飛ばされてホームから落ちそうになる子供をさりげなく引き戻す。ふざけて落ちそうになった子を身をもってかばう。彼らの仕事は真剣で、大切なもの。そのために、彼らは「時間を止める」力さえ与えられているのです。

見守ってくれる大人達はいるけれど、それでもほとんど子供達ばかりの、社会的な縛りも学校もない不思議な毎日。子供達は何を見つけ、どこへ進んでいくことになるのでしょう?
後半、物語は重さを増していきます。今自分がここにいて、生きているとはどういうことなのか。死ぬということはどういうことなのか。そういうお話になっていくのです。でもそこにもずっと、電車が走っていて、そこで働く人々の姿がある。駅の子は駅の子。みんな仲間。そして彼らは旅に出ます。

子供のころ、電車に乗っている間中、キップをなくしたらどうしようとどきどきしていました。今でも、たまにキップを手にしているとどこか緊張感が。でも、キップをなくすことでこんな風な冒険ができるのなら、一度くらいキップをなくしてみてもよかったのかもしれませんね。
2006.01.01



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